Webサイトスタッフ奮闘記

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古今東西名言集

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 やってみなはれ、なんでもやってみな、わかりまへんで

            サントリー創業者 鳥井信治郎

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が、病床の信治郎のもとを訪れ、ビールを手がける決心を打ち明け

たときも、信治郎は「やってみなはれ」と励ました。

 

  • サントリービールは、信治郎の亡くなった翌年の昭和三十八年に

発売された。しかし、ビール業界は販売店が系列化され、特約店制

になっていた。そのため、サントリービールは冷たくあしらわれ、

なかなか置いてもらえなかった。

 

  • 何度も社員が足を運んで、やっと置いてくれる店が出てきたが、

他のビールと一味違うためか、売れ行きがパッとしなかった。固定

客がなかなかつかず、売れ行きにムラがあった。

 

  • 佐治は苦境に立たされた。

(大きな資本を投入して工場をつくったのに、これでは意味がない。

セールスの特攻隊を組織して、体当たりでやってみよう)

 

  • 父親ゆずりの「やってみなはれ精神」を燃え立たせた佐治は、社

員のなかから猛者を選んで特攻隊を組織した。この特攻隊は「新撰

組」のニックネームで呼ばれた。

 

指揮にあたった。隊士たちは、セールスの車に乗り、めざす飲食店

に着くと、重たいビールケースを肩にかついで訪問し、置いてくれ

るよう説得した。こうした敢闘精神によって、サントリービールの

扱い店は少しずつ増えていった。

 

  • とはいえ、シェアは遅々として伸びない。四十一年までは、1パ

ーセント台の惨敗であった。五十年にはようやく5パーセント前後

になり、五十五年ごろから7パーセント台とすこしずつ伸びてきた。

 

  • 「自分が責任をもってやるときには、最後までやり通さなあかん」

佐治は、父がウィスキーでやったことを、ビールでやる決心でがん

ばった。そのがんばりが報われるのは、シェアが10パーセントに

達したときだと、自らにいい聞かせている。

 

 

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