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古今東西名言集

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  成功は勇気にかかっている

             フランスの劇作家 フォントネル

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十七世紀後半から十八世紀前半に生きた、フランスの劇作家、

啓蒙思想家のベルナード・フォントネルの言葉である。

 フォントネルは、劇作のほかに評論『世界の多様性について』

を著し、科学の成果を世に広めた。

 

  • この言葉のとおり、どんな事業でもそれを成し遂げられるか否

かは、その人の信念なり勇気なりにかかっているものだ。

 

  • 大都工業という会社がある。埋め立て業界では知られた会社で

ある。その創業者を小川耕一というが、彼は、千葉県野田の農家

の生まれで、それこそ裸一貫で大都工業を創り上げた人だった。

 

  • 昭和三十五年のことだが、彼は静岡県の大井川河口に港を建設

する計画を打ち出した。大井川から砂利を採取し、それを船で東

京へ運ぼうという遠大な計画であった。

 

  • 当時、東京地区はオリンピックを三十九年に控えていたので、

砂利資源は不足することはあっても余るということはなかった。

そのうえ、東京近郊には適当な砂利資源はなかった。砂利不足は

日本の建設界の危機と見てとった彼は、砂利の宝庫大井川で、砂

利資源の開発に乗り出したのである。

 

  • ところが静岡県は彼の計画に賛意を示さなかった。港の建設と

いうのは一私企業がやるべき事業ではない、というのが静岡県の

考え方だった。

 

  • 実際、日本のどこを見ても一企業が私用のために港を作ったと

いう例はない。港というものは国や県がつくるものと相場が決ま

っている。ましてや、名も知られていない東京の位置埋め立て業

者大都工業とあってみればなおさらだった。

 

  • しかし彼は、「地元大井川町の発展にも役立つもの」として熱心

に陳情を続け、やっと二年後の三十七年に許可を獲得するのである。

その後、資金集め、工事などに難航をきわめた。一時は本体である

大都工業の株価が五十円の額面を割るほど資金難で、苦しい局面に

追い込まれたが、三十九年にはついにそれを完成させてしまうので

ある。

 

  • ある経理担当者が資金が集まらなくて悩んでいたとき、小川は彼

にこういった。「世の中のためにやっている仕事なのだから、必ず

お金は貸してもらえる。貸してもらえないのは君のお願いの仕方が

足りないからじゃ」

 

  • 男が信念をもって始めた仕事は強い。そして勇気をもって仕事を

すればたいていの仕事は成功するものである。

 

 

 

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