読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Webサイトスタッフ奮闘記

Web作成事務所伝ネットスタッフ がおおくりします。

安芸郡府中町・海田町の紹介

安芸郡府中町海田町を紹介します。

安芸郡府中町の概要】(ウィキペディアより)
 戦前は人口が10,000人にも満たない町であったが、戦後広島市のベッドタウンとして急速に宅地化が進み人口が急増した。昭和30年代後半に20,000人、1966年に30,000人、1970年に40,000人を突破し、1987年に50,000人を突破して以来、現在に至るまで50,000人台を維持している。単独市制条件を満たしており、市制施行が検討されているが時期など具体的な計画は未定である。
 なお、可住地面積は僅か約6km²であり、実質の人口密度は約8,500人である。
 2010年(平成22年)の国勢調査では人口は50,442人であった。
 同じ広島県にある府中市のほか、竹原、庄原、大竹、安芸高田江田島の各市よりも人口が多い。
 自動車メーカーマツダの本社が所在する企業城下町であるため、主要産業は、自動車会社のマツダ本社及び、その関連会社である。以前はキリンビール広島工場があり、現在はイオンモール広島府中(キリンビアパーク広島内)になっている。



安芸郡海田町の概要】(ウィキペディアより)
 古くは安芸郡役所が置かれていたこともあり、安芸郡の中心地として発展してきた。また、江戸時代は西国街道の宿場町として栄えていた。
 1956年(昭和31年)に海田町が誕生した当時は、人口が約12,000人であったが、広島市のベッドタウンとして開発が進んだことで人口が急増し、昭和40年代前半には20,000人を突破し、1981年(昭和56年)には30,000人を突破した。しかし、可住地面積が狭いことから人口増加は止まり、平成に入ってからは減少傾向である。
 1996年(平成8年)に30,000人を割り込み、1998年(平成10年)に一旦30,000人を回復したものの、2003年(平成15年)に再び30,000人を割り込んだ。
 広島県内では、同じ安芸郡府中町に次いで人口の多い町である。また、江田島市よりも人口が多く、竹原市大竹市とほぼ同じ人口規模である。また、人口密度は約2,000人と高く、県都広島市(約1,300人)よりも高い。
 主要産業は、陸上自衛隊第13旅団司令部や多くのマツダ関連工場など。
 マツダの関連工場などに勤務するために南米や中国などから働きに来ている外国人も多く、町内には南米系の外国人を主な対象とした飲食店や、南米の食料品や雑貨を売る店が何店舗かある。日本人住民とは大きなトラブルを起こしてはいないが、外国人同士の殺人事件などが過去発生したことがある。町役場でも、日本語の他に、英語・ポルトガル語、スペイン語などの標記がある。


安芸郡府中町・海田町で中古マンションをお探しの方は、広島マンション販売ネットをご活用ください。http://www.tutae.net/fuchukaitachou.html


おまけ

【ビジネスマンに贈る古今東西名言集】

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

  算多きは勝ち、算少なきは勝たず

 

              『孫子』計篇

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

  • 「算」とは、勝算である。勝算の多いほうが勝ち、少ないほうが

敗れるというのだ。なんだ当たり前のことではないかというかもし

れないが、これを実行するとなると、意外にむずかしい。

 

  • とくに、われわれ日本人は、当たって砕けろ式の玉砕戦法を得意

にしている。いい加減な作戦計画を立て計画の粗雑なところを兵士

の勇戦敢闘によって補おうとする。これでは勝てない。

 

  • むろん、戦いであるからには、兵士の敢闘精神に待つところが少

なくない。問題なのは、それだけに期待をかけて、作戦計画の策定

に手抜きをする態度である。われわれ日本人には、こういう傾向が

ないではない。これではリーダー失格である。

 

  • リーダーの務めは、何よりもまずちゃんとした勝算を立てること

である。

 

  • 彼我の戦力、周囲の情況を比較検討して、かりに五分五分の勝算

しか立たなかったとする。これで戦いに突入すれば、どうしても一

か八かの戦いにならざるをえない。そんな戦いは愚策以外のなにも

のでもないと『孫子』はいう。

 

  • 戦いをしようとするからには、少なくとも八分の勝算を立ててか

からなければならない。その程度の勝算が立たなかったら、ひとま

ず戦いは見合わせて、次のチャンスを待ちながら、他の手段で解決

をはかる必要がある。当たって砕けてしまったのでは、何にもなら

ない。

 

  • 孫子』のいう「算」とは、また計算の「算」でもある。つまり、

確かな計算のうえに立って行動せよということだ。

 

  • 日本人は、ともすれば計算に強い人間を「計算高い」などといっ

て嫌う。しかし、これはおかしい。だいいち、計算に弱かったら、

ろくな人生設計もできないではないか。これでは、きびしい現代を

生き残ることができないのである。