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Webサイトスタッフ奮闘記

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呉市の紹介

呉市を紹介します。

呉市の概要】(ウィキペディアより)
 地形的に天然の良港と言われ、古くは村上水軍の一派が根城にしており、明治時代以降は、帝国海軍・海上自衛隊の拠点となっている。
 第二次世界大戦中は、帝国海軍の拠点でもあり、当時は全国10大都市に数えられるほどの実に40万人を越える人口を抱えていた。2005年3月20日に周辺の安芸郡音戸町倉橋町蒲刈町豊田郡安浦町・豊浜町・豊町を編入した。これによって呉市は本州にある地域と下蒲刈島、情島に加え、南の倉橋島上蒲刈島、豊島、大崎下島を加えて人口25万人規模の市となった。
 造船・鉄鋼・パルプ・機械・金属などを中心とした臨海工業都市として発展している。また、大和ミュージアム・てつのくじら館など海軍・海上自衛隊に関する博物館がある。


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おまけ

【ビジネスマンに贈る古今東西名言集】

 

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  相応ずべき最良の機会は一瞬のものだ。

  早すぎても遅すぎても機会を失う

 

          江戸幕府初代将軍 徳川家康

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したい旨をしたためた書状が届いた。当時、家康はまだ二十三歳

の若さながら、その傑出ぶりが甲斐の名将の耳に達していたので

ある。

 

  • その書状に、和親の交渉をする時機は今しかないという意味の

ことを「砕啄」の二文字で表現してあった。しかし、家臣のうち

にその意味を解することのできる者はいなかった。

 

  • そのころ、城下に博識の評判のある江南という名の旅僧が滞在

していることを知った家康は、江南のもとに石川家成をやって尋

ねさせた。

 

  • 家成から書状を受け取った江南は、一読した後、はたとひざを

うっていった。

「砕啄とはいいえて妙だ。砕というのは、卵がまさに孵化しよう

とするとき、殻の内でひなの鳴く声をあらわす。啄というのは、

母鳥が外にあって殻をかむことだ。すなわち、ひなが殻を破って

出てくるには、時機というものがある。母鳥が早く殻をかみすぎ

ると、形を成さない未熟なままに終わってしまうし、遅すぎれば

腐ってしまう。殻の内と外で、母鳥とひなが相応じて好機に殻を

破ることでうまくいく。このように、逸することのできない時機

を砕啄というのだ」

 

  • 家成は城に戻ると、江南の言葉を家康に伝えた。

「そうであったか。さすがは信玄、うまいことをいう。これを即

座に解した江南も立派だ。かけひきの好機は、早すぎても遅すぎ

てもいけない。相応ずべき好機はまさに一瞬、この一瞬の機会を

逸することなくつかむことが、戦国の世に生きる武将の第一のつ

とめである」

 

  • 家康は、信玄と和親の交渉は進めなかった。しかし、砕啄の意

味するところを肝に銘じ、天下取りにそのかけひきの呼吸を生か

した。

 

  • 交渉を成功させる秘訣は、相手と自分の間に生起する瞬時の好

機をつかみ、生かすことである。交渉に臨むとき、母鳥が卵を抱

くような気持ちで、機の熟する時を待ち、活用するようにしたい。