Webサイトスタッフ奮闘記

Web作成事務所伝ネットスタッフ がおおくりします。

引っ越し

1月中旬に久留米に引っ越すことが決まりました。

寒い中大変ですが、何とか頑張ってみたいと思います。

また、引っ越し後に、ご報告します。

Kって何?

KPI=重要業績評価指標

すなわち業績、業務管理用語ですが…

所属部門の営業進捗を可視化するために、KPIを定義し、管理運用方法を策定しているところで、悩まされています。

簡単に言うと、「目標達成を目指すうえで、実際の行動の目安となるように、わかりやすくした数値」のことです。

 

 

基本的に

やっとひと段落

溜まっていた仕事も、ようやくひと段落。

他の人の協力もあり順調に進んでいます。

お昼に大好きなお好み焼きを食べに行く余裕もできて感謝、感謝。

次はどの店に行こうかな。楽しみ楽しみ。

では、また続きは今度…。

お仕事お仕事

ゴールデンウイークも過ぎてお仕事モード全開です。

休んでいる人の分まで仕事をこなさなくてはいけないので、大変な忙しさです。

もっともGW中は、のんびりと過ごさせてもらったので、その分頑張らなければ!?

今度、まとまった休みが取れるのは、いつのことやら。

たまった仕事を片付けるのが、当面の目標だけど。

ミスのないように頑張って仕事をひとつづつ着実に片付けるぞ。

気を引き締めていこう~ よし。

今日の名言

【ビジネスマンに贈る古今東西名言集】

 

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  神経質な男は大きく伸びる

 

            読売巨人軍元監督 川上哲治

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  • 名選手、必ずしも名監督にはなれない。選手と監督とでは、やる

ことがまるで違うのだから当然である。

 

あるとともに、ジャイアンツのV9を果たした名監督でもある。

稀有のリーダーといえる。

 

  • 川上はジャイアンツの選手を徹底的にしごいて戦う集団に作り上

げた。そしてさすがに個々の選手の性格や性質を的確に見抜いてい

る。

 

いう。王、それに張本はなるほどとも思えるが、あの合法磊落そう

な金田も神経質であったとは意外な感がする。

 

  • 神経質な選手はどうして伸びるのか。川上によれば、たとえば

ホームランを何試合も連続して打っても、神経質な選手は、

「これでスランプとは縁が切れた」

というふうには安心しないからである。つねに自分の能力や技量に

対して神経を向けているので、努力を怠ることがない。

 

  • さらに大事なことは、そうしたタイプの選手はいつも、より以上の

記録を目指して、たえず一人でコツコツ練習する。そのおかげで、技

術がいつまでも錆びつかず、大記録達成につながることにもなるので

ある。

 

ところから生まれた大記録といえる。

 

  • ビジネスマンでも、豪放磊落な人のほうが周囲の人の人気を集めや

すい。しかし、長い間つき合ったり、また一緒に仕事をやっていく上

では、そうしたタイプの人は、いつまでたっても進歩が見られなかっ

たり、時に大ポカをすることがある。総じて安定感がなく、安心でき

ない。

 

  • われわれは神経質なのをとかくマイナスに評価するが、決してそん

なことはない。じつに大きなことをやりとげる可能性をはらんだタイ

プなのである。

 

 

 

 

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古今東西名言集

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 やってみなはれ、なんでもやってみな、わかりまへんで

            サントリー創業者 鳥井信治郎

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が、病床の信治郎のもとを訪れ、ビールを手がける決心を打ち明け

たときも、信治郎は「やってみなはれ」と励ました。

 

  • サントリービールは、信治郎の亡くなった翌年の昭和三十八年に

発売された。しかし、ビール業界は販売店が系列化され、特約店制

になっていた。そのため、サントリービールは冷たくあしらわれ、

なかなか置いてもらえなかった。

 

  • 何度も社員が足を運んで、やっと置いてくれる店が出てきたが、

他のビールと一味違うためか、売れ行きがパッとしなかった。固定

客がなかなかつかず、売れ行きにムラがあった。

 

  • 佐治は苦境に立たされた。

(大きな資本を投入して工場をつくったのに、これでは意味がない。

セールスの特攻隊を組織して、体当たりでやってみよう)

 

  • 父親ゆずりの「やってみなはれ精神」を燃え立たせた佐治は、社

員のなかから猛者を選んで特攻隊を組織した。この特攻隊は「新撰

組」のニックネームで呼ばれた。

 

指揮にあたった。隊士たちは、セールスの車に乗り、めざす飲食店

に着くと、重たいビールケースを肩にかついで訪問し、置いてくれ

るよう説得した。こうした敢闘精神によって、サントリービールの

扱い店は少しずつ増えていった。

 

  • とはいえ、シェアは遅々として伸びない。四十一年までは、1パ

ーセント台の惨敗であった。五十年にはようやく5パーセント前後

になり、五十五年ごろから7パーセント台とすこしずつ伸びてきた。

 

  • 「自分が責任をもってやるときには、最後までやり通さなあかん」

佐治は、父がウィスキーでやったことを、ビールでやる決心でがん

ばった。そのがんばりが報われるのは、シェアが10パーセントに

達したときだと、自らにいい聞かせている。

 

 

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